大阪地方裁判所 平成元年(ワ)7959号 判決 1990年11月30日
原告
中野義勝
ほか一名
被告
日動火災海上保険株式会社
主文
一 被告は、原告らに対し、それぞれ金二四九万七八二〇円及びうち金二二六万七八〇二円に対する平成元年一〇月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は、これを三分し、その一を被告の、その余を原告らの負担とする。
四 この判決一項は、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告らに対し、それぞれ金八四五万一二五〇円及びうち金七八五万一二五〇円に対する昭和六三年二月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、自動車と衝突して死亡した自動二輪車の運転者の両親が、自賠法一六条一項に基づき、自動車に付保されいてた自賠責保険の保険者である保険会社に対して損害賠償を請求した事件である。
一 争いのない事実
1 本件事故の発生
次の交通事故が発生した。
(一) 日時 昭和六三年二月一二日午前八時五〇分頃
(二) 場所 大阪府門真市下島町二三番一七号先国道一六三号線路上
(三) 加害車 普通乗用自動車(大阪五九さ七二五〇号)
右運転者 倉橋誠(以下「倉橋」という。)
(四) 被害車 自動二輪車(大阪い九四六五号)
右運転者 亡中野義隆(以下「義隆」という。)
(五) 態様 被害者が前記国道の中央線付近を東から西に直進していたところ、同国道と交差する道路から東に右折中の加害車と衝突し、被害者もろとも義隆が転倒、滑走して、折から同国道の東行車線(対向車線)を進行してきた池田幸夫(以下「池田」という。)運転の普通乗用自動車(なにわ五五て一六七九号)(以下「池田車」という。)と衝突した。
(六) 結果 義隆は、本件事故により、死亡した。
2 自賠責保険契約の締結
(一) 倉橋は、本件事故当時、加害車を保有し、これを自己のために運行の用に供していた。
(二) 被告は、本件事故当時、加害車につき、志賀力夫との間で死亡保険金限度額を二五〇〇万円とする自動車損害賠償責任保険契約(証明書番号五三一―〇一八二九三三八)を締結していた。
3 自賠責保険金の支払
義隆の本件事故死に伴い、原告らに対し、自賠責保険金(死亡保険金)として、被告及び池田車に付保していた大成火災海上保険株式会社からそれぞれ九二九万七五〇〇円(合計一八五九万五〇〇〇円)が支払われた。
二 争点
原告らは、被告が五〇パーセントの重過失減額をして自賠責保険金を支払つたことを不満として本件請求をしているところ、被告は、原告ら主張の損害額を争うとともに、本件事故の発生については、立入禁止区域であるセンターラインのゼブラゾーンを制限速度を大幅に超過して進行してきた義隆に重大な過失があり、相当な過失相殺をすべきであると主張する。
第三争点に対する判断
一 損害額
1 義隆の損害及び相続による損害賠償請求権の承継
(一) 逸失利益〔請求額三〇八〇万円〕二九二六万一二〇九円
証拠(甲七~一三、原告義勝本人)によれば、義隆は、昭和四〇年一月二五日に原告らの長男として生まれ、地元の高校を卒業後、名古屋の東海工業専門学校機械工学科に進学し、昭和六〇年に卒業したこと(なお、その間に通信教育により産業能率短期大学能率科を卒業した。)、その後、大垣市にある天木鉄鋼所に勤めた後、昭和六二年三月から守口市にある叔父(母の兄)が経営する仲電子産業株式会社に勤務するようになり、昭和六三年二月までの一年間に給与(賞与を含む。)として二四九万二五八〇円を得ていたことが認められる。
右認定の事実によれば、義隆は本件事故にあわなければ、満六七歳まで就労し、その間、平均して、少なくとも昭和六三年賃金センサス第一巻第一表産業計・企業規摸計・高専・短大卒二〇歳から二四歳の男子労働者の平均年収額二五五万三〇〇〇円程度の収入をあげえたものと推認することができる。
そこで、義隆の生活費として右年収額から五〇パーセントを控除し、さらに、ホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して同人の逸失利益の現価を算出すると、次のとおり二九二六万一二〇九円(一円未満切捨て。以下、同じ)となる。
(算式)
2,553,000×(1-0.5)×22.923=29,261,209
(二) 慰謝料〔請求額一六〇〇万円〕 一六〇〇万円
本件事故の態様、義隆の生活状況、その他諸般の事情を考慮すると、義隆の本件事故死に伴う慰謝料としては一六〇〇万円と認めるのが相当である。
(以上(一)及び(二)の合計 四五二六万一二〇九円)
(三) 原告らによる損害賠償請求権の承継(各二二六三万〇六〇四円)
原告らが義隆の父母であることは当事者間に争いがなく、右事実によれば、原告らは、相続により、義隆の前記損害賠償請求権を法定相続分(各二分の一)に従つて承継したものと認められる。
2 原告ら固有の損害〔葬儀費〕〔請求額一〇〇万円〕 各五〇万円
証拠(甲一四、原告義勝本人)によれば、原告らは義隆の葬儀を執り行つて一〇〇万円を超える費用を支出し、これを法定相続分に応じて負担したことが認められるので、そのうちの一〇〇万円(原告ら各五〇万円)を本件事故と相当因果関係に立つ損害と認める。
(以上1及び2の合計 各二三一三万〇六〇四円)
二 過失相殺
1 前記第二の一1の争いのない事実に、証拠(甲一~四、六、証人倉橋)及び弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実が認められる(なお、各項末尾の括弧内に掲記した証拠は、当該事実の認定に特に用いた証拠である。)。
(一) 本件事故現場付近の状況は、別紙図面記載のとおりである。
本件事故現場は、東西に通ずる国道一六三号線(以下「本件国道」という。)と南西から北東に通ずる道路(以下「加害車進行道路」という。)とが交わる交差点であるが、本件交差点は信号機による交通整理は行われておらず、加害車進行道路は道路標識等により一時停止の規制がされていた。本件国道は、交通量が多く、最高速度が時速五〇キロメートルに規制されていたが、追越しのための右側部分はみ出し通行禁止の規制はされておらず、また、本件事故現場付近は直線となつており、前方の見通しは良好であつた。なお、本件事故当時の天候は曇りで、路面(平坦なアスフアルト舗装)は乾燥していた。(甲一、二、六)
(二) 倉橋は、加害車の助手席に妻を乗せて病院に行く途中であり、加害車進行道路を南西から北東に進行して本件交差点に差しかかり、本件交差点を右折して本件国道を東進するため、別紙図面<1>付近で停止し、方向指示器で合図しながら右折の機会を待つていたところ、本件交差点の西にある信号機の設置された交差点の信号が赤色となり、西行車線が徐々に渋滞したこともあつて、同車線を進行してきた車両(いずれも乗用車)がそれぞれ付近及び<甲>付近で停止して加害車に進路を譲つてくれた。
そこで、倉橋は<2>まで進行して停止したところ(<1>~<2>約三・二メートル)、<甲>車の運転者が右折してよいと合図をしたため、倉橋は、<3>付近まで進行して停止し(<2>~<3>約三・五メートル)、左方の東行車線を見て同車線への右折進入が可能かを確認した後、ゆつくりと発進しながら右方を見たところ、<甲>車のボンネツト越しに、約一四メートル右前方の<ア>付近を高速で西行してくる被害者(排気量四〇〇cc)を認めてブレーキを踏んだが、<4>付近で停止したかしないうちに、被害者(<イ>)左側面が加害車左前部に衝突した(<3>~<4>約一メートル、<ア>~<イ>約一三・四メートル)。そして、被害者は右側に転倒し、義隆とともに東行車線内を斜めに約一六・八メートル滑走して、折から東行の中央寄り車線を進行してきた池田車<あ>と<×>付近において衝突し、さらに撥ね飛ばされて東行車線左端の縁石に衝突し、義隆は<ウ>付近に、被害者は<エ>付近に停止した。(甲二、四、倉橋証言3~11、18~23、26~29項)
(三) 池田は、本件国道の東行中央寄り車線を時速約四〇キロメートルの速度で進行中、約三一メートル前方の<イ>付近において加害車と被害者が接触したのを認めて、急ブレーキをかけたが、約一四・三メートル進行した<あ>付近で、池田車左前部付近が被害車及び義隆と衝突し、池田車は約二・六メートル進行して停止した。(甲三)
(四) 本件事故により、加害車は、左前バンパー角部が擦過し、内側に押し込まれ、前照灯左側が破損し、左前フエンダーはめくれ、また、ボンネツト先端が曲損する等の損傷を受け、池田車は、バンパー下のエプロン及びナンバープレートが曲損し、前部バンパー及びボンネツト先端が凹損する等の損傷を受けた。一方、被害車は、前輪タイヤは左に曲がり、ホーク左側に擦過痕が認められ、後輪左側スプリングが折損して外れるなど、大破の状態であつた。
なお、義隆は、本件事故後、直ちに病院に収容されたが、ほぼ即死の状態であつた。(甲二~四)
2 以上の事実が認められるところ、倉橋は、「本件国道に出る手前の一時標識と白線がある付近で一度停止した。」旨供述するが(5項)、甲二号証中の同人の指示説明部分に照らし、信用することはできない。また、同人は、「<4>付近で停止してから一、二秒後に被害車が衝突してきた。」と供述するが(27~30項)、この供述部分自体曖昧であるうえ(33項)、後記の被害車の速度や甲二号証中の同人の指示説明部分を対比すると、にわかに信用しがたいというべきである。
ところで、被害車の本件衝突直前の走行速度については、その正確な速度を知る的確な資料はないが、(1)倉橋は、検察庁における取調べの際、被害車は時速六七キロメートルの速度で走行してきたと聞いていること(倉橋証言12項)、(2)甲二号証の現場見取図中の書き込み部分によれば、加害車が時速五キロメートル(秒速約一・三八九メートル)の速度で<3>から<4>までの約一メートルを進行した場合、約〇・七一九秒を要し、その間に被害車は<ア>から<イ>まで約一三・四メートル進行しているから、被害車の走行速度は秒速で一八・六三メートル、したがつて時速では約六七キロメートルであつたと計算できること、(3)甲三号証の現場見取図中の書き込み部分によれば、池田は時速四〇キロメートルの速度で進行中、被害車と加害車が衝突したのを認めて直ちに急ブレーキを踏んで約一四・三メートル進行した<あ>地点で被害車と衝突したから、その間に要した時間は一・二八秒であり、一方、被害車と加害車の衝突地点(<イ>)から池田車との衝突地点(<×>)までの距離は約一六・八メートルであるから、被害車は、その間、秒速で約一三・一二メートル、時速にすると約四七キロメートルで進行(滑走)したと計算できることなどからすると、本件事故の捜査に当たつた検察官等は、加害車と衝突する直前の被害車の速度を六七キロメートル程度と見ていたことが窺える。このことに、前記認定の各車両の損傷状況等を併せ考えると、被害車の走行速度は、控え目に見ても時速六〇キロメートルを超えていたものと推認しうる。
3 右認定の事実によれば、倉橋は、前記の道路状況に鑑み、進路を譲つてくれた停止車両の側方を進行してくる自動二輪車等があることを予測し、右方の安全を十分に確認して右折進行すべき注意義務があつたところ、西行車両が進路を譲つてくれたことでその側方を進行してくる車両はないものと軽信し、東行車両の有無に注意を奪われて右方の安全を十分に確認しないまま、右折しようとして本件国道の中央線付近まで進行した過失により、右停止車両の右側方の中央線付近を追い抜き西進してきた被害車を至近距離に至つてはじめて発見したものというべきである。
一方、義隆は、進路前方に車両が渋滞、停止している状況のもとで、これらの渋滞車両の右側方の中央線付近を進行し、いわば抜け駆け的に追い抜こうとしたのであるから、このような場合、徐行し、かつ、前方を注視して、停止車両の間を縫つて本件国道を横断したり、右折進行してくる車両等の有無、動静に注意し、進路の安全を十分に確認すべき義務があつたにもかかわらず、これを怠り、制限速度を上回る速度で進行し、かつ、進路前方の安全を十分確認しないまま進行した過失により、加害車と衝突したものというべきであり、義隆にも相当な程度の過失があつたものと認められる。なお、被告は、義隆は立入禁止区域であるゼブラゾーンを進行した点について重大な過失があると主張するが、本件事故現場付近に設けられたゾーンは、車両の安全かつ円滑な走行を誘導するため、車道中央線の両脇に白色ペイントで表示されて設けられた区域(幅約八〇センチメートル)であつて、右の目的のために同区域を通行しないように指導されているが、被告主張のような立入禁止区域とまでは認められず(乙二42頁、94頁の10参照)、この点を過大評価するのは相当でないと考えられる。
4 右の双方の注意義務の内容及び程度、走行の方法、道路状況等に、車種の違いその他諸般の事情を総合考慮すると、本件においては、義隆五〇パーセント、倉橋五〇パーセントの割合で過失相殺するのが相当であると認められる。
ところで、原告らは、自賠責保険金の支払については、被害者保護の精神に基づき、迅速かつ公平な処理を目的とした自賠責保険損害査定要綱及び支払基準内規が定められ、被害者死亡の場合には、被害者に重大な過失がある場合に限り、重過失の程度に応じて二〇パーセント、三〇パーセント、五〇パーセントの割合で減額するが、軽過失や通常の過失では減額しないことになつており、これは公知の事実であり、被害者の権利として確立していること、したがつて、保険者が被害者の軽過失又は通常の過失による事故であるにもかかわらず、誤つて重過失減額を適用したり、重過失による事故の場合にその減額の程度の判断を誤つた場合には、被害者側は前記要綱及び内規に従つて法的救済を求め得ると主張し、本件においては、通例の過失相殺をすべきではないと主張する。しかしながら、自賠責保険は、自動車の保有者等の損害賠償責任があることを前提に被害者の損害を填補するものであり、そこでは当然に過失相殺の適用があることが予定されているが、被害者救済の最低限の保障と大量の定型的な処理をするために前記のような要綱等が定められ、これに従つた運用がなされているところ、これは内部的な基準ないしは運用に過ぎず、裁判所を拘束するものではなく、裁判所は、民法七二二条二項に基づき、合理的な裁量により過失相殺の適用の有無等を判断すべきものである。したがつて、本来であれば五〇パーセントの過失相殺をすべき場合に、前記自賠責保険の基準に従えば過失相殺をしない、あるいは五〇パーセントより低い割合で過失相殺をすべきであると考えることはできず、この点に関する原告らの主張を採用することはできない。
5 そこで、原告らの前記損害額からそれぞれ五割を控除すると、原告らの請求しうべき損害額は各一一五六万五三〇二円となり、これが自賠責保険によつて填補されるべき損害額となる。
三 填補
1 原告らが、自賠責保険から死亡保険金として、被告及び大成火災海上保険株式会社から各九二九万七五〇〇円の支払いを受けたことは当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨によれば、原告らは、右金員を法定相続分に応じて二分の一ずつ分配して、填補に充てたことが認められる。
2 したがつて、原告らの前記損害額から支払いを受けた右各金員を控除すると、原告らが請求しうべき残損害額は各二二六万七八〇二円となる。
四 弁護士費用〔請求額各六〇万円〕 各二三万円
本件事故と相当因果関係にある弁護士費用相当の損害額は、原告らそれぞれにつき二三万円と認めるのが相当である。
五 結論
よつて、原告らの本訴請求は、それぞれ二四九万七八〇二円及びうち金二二六万七八〇二円に対する平成元年一〇月一二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を求める限度で理由があり(原告らは、本件事故の日である昭和六三年二月一二日からの遅延損害金を請求しているが、自賠法一六条一項に基づく保険会社の被害者に対する損害賠償額支払債務は、保険会社が被害者からの履行の請求を受けたときにはじめて遅滞に陥るものと解されるから(最高裁昭和六一年一〇月九日第一小法廷判決・判例時報一二三六号六五頁参照)、本件においては、訴状が送達された日の翌日であることが記録上明確な平成元年一〇月一二日から遅延損害金が発生するというべきである。)、その余の請求は失当として棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判官 二本松利忠)
別紙 <省略>